不登校の理由はクラスカースト最下位で学校に馴染めなかったから

子どもの体験談
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私が不登校になったのは中学2年の秋でした。不登校になった原因は、教師やクラスメイト達と馴染めないことでした。

クラスでカーストがあるとしたのなら私は当然最下位だったと思います。

性格は無口で美術部。物分かりも悪い。何か言おうものなら、どうやら私はとんちんかんなことを言っているらしい。

クラスメイト達はそんな私にわざとらしく親しげに話しかけて(教師への隠蔽工作)「うちら友達だよね~」と親しくもないのに友達アピールをしてきたり、教師のいないところでは「きもいんだよ!」「ガイジ!」などと罵り、上履き隠しは日常茶飯事、机には誰が書いたか分かりませんがポスカで「学校に来るな」と日に日に大きく書かれるようになりました。

私はとうとう学校へ行けなくなりました。朝御飯を食べるとトイレで戻してしまうのです。

それを良いことに私は、学校に遅刻する時間まで自宅のトイレにこもり続けていました。

両親が仕事に出ると家に残るのは、私には割と甘い祖母だけになります。私は祖母に「具合が悪い、今日は様子を見たい。内科には明日行くから。」といって学校を休み続けました。両親に誤魔化すために3日に1回くらいのペースで内科に通い続けていたと思います。

学校を休む連絡を祖母に入れてもらったあとは、とても穏やかな気持ちになったことを今でも覚えています。

それ以降は食べたものを戻すということはないのです。

部屋に引きこもってゲームをしていたり、横になって窓から見える青空を眺めながら過ごしていました。

でもずっとこんな生活は続かないと自分では分かっていました。

しかし学校には戻りたくありません。だから私は死のうとして人に迷惑をかけない範囲でのあらゆることをするのですが、体があまりに頑丈すぎるせいか死ぬことはできませんでした。

学校に行かない日があまりにも続くので、とうとう私は父から「学校へ行け!!」と怒られました。

私は父に心配をかけたくないという気持ちもあって、いじめにあっていることは言わず「ただサボっていただけ」という体にしましたが、本当は「辛かったね」と寄り添ってもらいたかったです。

勉強は通信講座や参考書でもできるのに、何故つらい思いをしてまで学校に行かなければならないのか分かりませんでした。

学校へ行くという選択肢にこだわることは、時に子どもの心を袋小路に追いやることもあるのです。

それから私は怯えつつも学校へ無理やり通うようになりました。

いじめか何かがあったことに勘づいた祖母はわざわざ私が通う中学まで行って、担任に何かを言ったようですが、結果としては教師にもクラスメイトにも火に油を注ぐような結果となりました。

それでも私は我慢し続け、たまに体調不良ということにしてプチ不登校になったりしつつ、中学を卒業しました。

不登校になった子どもに親がすべき対応として、「学校へ行くという選択肢」にこだわってはいけないと思います。

勉強は参考書や通信講座を利用するなどして柔軟に対応してもらいたいです。

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