嵐が過ぎ去るのを待てば必ず希望の光がさしてくる

子どもの体験談
感謝のメッセージが多いです!メルマガの登録はこちら
感謝のメッセージが多いです!メルマガの登録はこちら

【メルマガ読者250人突破しました】

不登校の子どもを持っている親御さんに役立つ情報を発信していきます。


28歳の会社員です。

私は中学3年になったころから学校に行かなくなりました。

理由は、いじめられていたからではなく、学校がつまらなかったからです。

小さいころから私は少し変わっていて、自分でも協調性がない子どもだと思っていました。同級生が「楽しい」と思うことを「楽しい」と思えず、例えば、小学校の担任の先生が「きょうの授業はお休みにして、外で遊びましょう」と言ったりすると、皆、「やったー」と喜ぶのですが、私は全く楽しいという気持ちがわいてこず、ぽつんとしていました。

中学に行ってからは、なかなか友だちができず、休み時間も一人でした。それがだんだんみじめに感じられて、学校を休みがちになったのです。一日休むと次の日も行くのが億劫になっていきました。

結局、中学は先生の温情で卒業させてもらい、高校にもなんとか進学しましたが、高校も同じ調子で、結局、2年生には何とか進級させてもらったものの、2年生を留年し、その時点で高校をやめてしまいました。

未来に対して希望はなく、絶望しかありませんでした。同級生は皆、楽しそうに過ごしていて、周囲と自分とのギャップに落ち込みました。「生きていても意味がない」とも思いましたが、死ぬほどの勇気はありませんでした。
ずっと引きこもっている私を見ていた親もつらかったはずですが、じっと耐えて、私には干渉してきませんでした。

そんなある日、高校時代の先輩が、「高卒認定試験(旧大検)」を勧めてきました。

私は最初は乗り気ではありませんでしたが、先輩に励まされる中、自信をつけるために挑戦してみようという気になりました。

塾や予備校に行って他の人たちと勉強するのも気が進まないし、金もなかったので、独学でチャレンジしました。

そうしたところ、勉強して1年で合格することができたのです。

その後、1回の受験失敗を経て、ある私立大学に合格できました。

大学に入ったら、中学や高校時代と違って、クラスのつながりはゆるやかで、ワイワイやっている者もいれば、独りぼっちの者もいます。私は気が楽になって、マイペースで大学生活を送りました。

大学卒業後は、あまり人と触れ合うことがない仕事を選び、今に至っています。

人と触れ合うことがないとは言え、社会ですから、会社の人など、周囲の人との適度なコミュニケーションは必要です。そんな環境のもと、私はゆっくりと社会性、協調性を身に着けてこられたと思います。

また、自分なりに苦しんだ分、人の心の痛みが分かるようになったのではないかと思います。これは私の「財産」だと思います。

不登校で苦しんだということは、ゆくゆくは不登校で苦しむ人々の力になる資格を得たようなものです。

今でも私は人と交わることは好きではないですが、そんな自分を否定する必要はなく、また他人から否定されるべきことではありません。

胸を張って自分らしく生きて行こうと思っています。それなりに毎日充実しています。

今、いじめを苦に自殺する中高生が後を絶ちませんが、苦しくても、つらくても、ちょっと立ち止まって、嵐が過ぎ去るのを待てば、希望の明日が必ずやってくると思います。

コメント