不登校だって人生は道は一本だけではないよ!人の数だけ人生の道はあるんだよ

子どもへの対応
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不登校の子どもを持っている親御さんに役立つ情報を発信していきます。

7歳年下の弟が不登校になったのは、弟が高校一年の時でした。

私は実家を出て他県の大学に行っていたので、帰省時に聞いた親からの話でしかその状況は分からないのですが、随分心配はしたものの渦中にいなかった分、ある意味冷静に状況を見る事ができたのではないかと思っています。

不登校の原因

後で本人から聞いた不登校の直接の原因は、定期試験の結果が予想以上にかなり悪かった事でした。

兄から見て、生真面目で何事にも妥協ができないタイプの弟らしいとその時思いました。

しかし一緒に暮らしていなかった私は想像するしかありませんが、それまでの日常生活の中で、何かしらの小さなストレスが溜まっていたのではないかと思います。

経過

両親は勿論パニックでした。

男一匹実力で生きて来た父親は、不登校を甘えとしか考えませんでした。部屋に閉じ籠った弟を力尽くで引っ張り出したこともありました。

しかし色々勉強した母親がそれでは駄目だと半ば本能的に感じ、夫唱婦随で生きて来て初めて父に逆らいました。

精神疾患に対する社会的知識も医学的療法も今ほどにない頃でしたが、母は全身全霊で自分の考えを押し通し、医師とも相談しながら、弟の自らの立ち直りを待ちました。

頑固な父も途中からはそれに寄り添って助ける様になりました。

立ち直りのきっかけ

治ってから本人に何気なく立ち直りの原因を聞いたことがあります。

曰く、「バイクに乗りたいと思った。でも金がないからバイトをしようと思い立った。」これが部屋の中から外へ気持ちが向かったきっかけでした。

バイトでお金を貯め、免許を取って念願のバイクを手に入れた弟は、やがて休学していた元の高校に1学年遅れて復学しました。

1年遅らせたのは、同級生と顔を合わすのが煩わしくて、彼らが卒業した後に復学したからだそうです。

立ち直りの要因

詳しく不登校を勉強したわけでもないですが、弟の不登校の顛末を傍観(兄としては恥ずかしいのですが)していて思ったは、周りの人、特に両親が覚悟を決めて状況とは逆に、焦らずゆったりと構えた方が良いのだろうという事です。

当事者にとっては大変で只ならぬ心配事ではあるのですが、これも本人の後の言で、「このままじゃ駄目になる。何とかしなければ大変だ。」と本人自身が焦って苦しんでいるのです。

でも自分ではどうにできなかったそうです。

そんなジレンマの中、周囲からのプレッシャーは当人にとって良い方向へまず働かないでしょう。

圧力が焦りを増幅し、ますます不登校の深みへ追い込むだけだと思います。

だから、母が万難を排して弟を全面的に庇ったのが正解だったのに違いありません。

思う事

今の日本社会で、少年と呼ばれる世代は学校に通っているのは当たり前で、だから不登校の子供は欠陥者、落伍者、外れ者などの落伍者の烙印を押されてしまします。

これは、親などの周囲もそうですが、本人自身の意識も強いでしょう。

でも、大した人生を送って来たわけでもない私ですが、人生は様々だと思うのです。多少の遠回りや挫折は人生にはあって当たり前です。

少年の頃のそれは、長い人生の時間の中で取返しが付かないものでは決してなく、それがその子の人生の一場面に過ぎないと、周囲がドンと構え、本人にそれを示してやるが大切なのだと思います。

今の日本では苦労はするかもしれませんが、学校を卒業しなくても生きる道はあります。

よく言うじゃありませんか、お金だけが地位だけが成功じゃないって。負け犬の遠吠え? それでいいじゃありませんか、 本人が立派に生きて満足しているなら。

因みに、その弟は今、誰でもがその社名を知っている大企業の系列企業で管理職につき、すんなりと人生を送って来た私などよりずっと高い収入を得て、長男に替わって両親の面倒を見てくれています。

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